美人すぎる唎酒師 野口万紀子の日本酒のいろは
第四十話 2022年、日本酒の今

きき酒師
野口 万紀子

コロナ時代に突入して早くも2年となります。事実上の禁酒法と同じとも言える様な時期もあったりして、お酒を売る側も飲む側も、こんなことになるとは予想もしていませんでしたよね。コロナ前までの日本酒の流れがガラッと変わってきたこの2年間。2022年、リアルな日本酒の“今“を考えてみたいと思います。



移り変わる家飲みの主役

日本の歴史を振り返ってみると、高度成長期の時代には日本酒よりもビールの価格が高額でした。アルコール度数の濃さで比較してみると、日本酒よりも2.5倍もビールの方が割高となっていました。ちなみに、今ではよく飲まれている焼酎も、この頃は一般的なお酒ではなかったので、全国で飲める国民酒ではありませんでした。

このため、一時的にビールに抜かれた時期もありましたが、1973年までは日本酒の消費量は順調な右肩上がりでした。高度成長期にお酒の消費が増えたのは、飲酒に適した年齢層(20〜64歳)の増加も関係しています。1960年時点では91%だったのが、2020年では65%と大きく減少しています

1954年に内閣府が実施した世論調査の結果によると、1954年の飲酒率は男性 68%、女性 13% を記録していますが、そこから徐々に上昇し、1968年には男性 73%、女性 19.2%になりました。その時の飲酒頻度は、32.6%が「ほとんど毎日」と最も多く、飲酒の場所は68.8%が自宅だったというデータが出ています。その当時、外飲みは19%くらいで、ほとんどの人が家庭の冷蔵庫にビールや日本酒をキープして家飲みを楽しんでいたのです。

2度の石油危機が訪れるも、お酒の消費量は1996年(966万キロリットル)に最大値を記録します。バブルの形成・崩壊後から減少し、2018年には96年度比の85.4%(825キロリットル)にまで減少してしまいます。更に、成人1人あたりの年間消費量を見てみても、1992年度(101.8リットル)をピークに減少し、2018年には92年度比の77.9%にまで落ち込んでしましました。

なぜ日本人はお酒を飲まなくなってしまったのでしょうか?

バブル崩壊後、1994年には、2人以上世帯での年間酒類消費額は5.6万円となっていて、それ以降減少を辿っています。所得減少によって一番に削減されたのは、嗜好品であるお酒だったのです。ない袖は振れない時代が20年ほど続きました。

高度成長期の日本では、最下層の消費者と中間層では、飲むお酒の種類に差はありませんでした。皆、メインはビールと日本酒だったのに対して、失われた20年間を経て、ワインやウィスキー、日本酒は最上層のものとなり、格差が大きく広がっていくのです


若者のお酒離れの実態

どの家庭でも飲まれていた日本酒は、今では一般的では無いお酒となってしまったわけですが、その原因は経済的な所得要因だけとは言えません。経済的、社会的、文化的の3つの点において、日本人がお酒を飲まなくなった理由が隠されています。

第39話の中でも健康とお酒について触れていますが、世界的に見ても健康意識に大きな変化が起きています。

お酒が健康に及ぼす影響は、近年盛んに研究が進んでいますが、その知識を持った上で自ら飲む飲まないを選ぶ自由ができる多様性は、メーカーにとっては売上減少にも繋がりうるという意味で、非常に厳しい現実です。しかしながら、消費者から見たら、お酒に対する自由度が広がることは、非常にポジティブなことだとも言えます。

特に若者のお酒離れが問題化されていますが、飲みニケーションに重要性を置かない世代は、上司や先輩に付き合わされて嫌々飲むなど、不本意なお酒の飲み方はできるだけ避けたいと感じている人が多い様です。また「シラフはカッコイイ」の価値観も数年前から注目を集めており、ノンアルビールや低アルで酔いにくいお酒の人気が上がっています

実際の調査では、各メーカーがさまざまなアンケートを行なっている事実はあるものの、20代の調査人数が非常に少なく、はっきりとしたエビデンスは出ていません。むしろ、2007〜2017年の酒類支出の減少は30〜40代の方が多く出ています。

このような背景は、メーカーのグローバル化、イノベーションへのフックとなり、その中の一つとして、お酒離れした若者向けへのカジュアルでライトな酒質のものが入り口となって、若年層の日本酒ファンは一定層明確に確立されました


日本酒とSAKEの違い

日本酒のグローバル化、イノベーションに向けて大きな問題となっている政策的介入が酒税法と免許制度です。 明治期の酒税の割合は2〜3割で、国にとっては大きな財源となっていました。1899年には35.5%となっていて、国税収入のトップである地税を抜いて1位となっていました。そのため、お酒の自家醸造は厳しくNG化されました。

特に日本酒・焼酎の酒蔵においては、年々数が減少していて、需要が減っているのに新規参入を認めてしまうと既存酒蔵も新規酒蔵も共倒れになってしまうという理論から、既存業者を守るため『需要調整要件』が出来ています。

現時点で新規参入しようという場合は、買収をするか既存蔵元へ製造委託するの2パターン。これはあくまでも事実上、新規製造免許は取得できないという事を指し、人為的な参入制約でもあり、日本酒業界の発展の視点から見ると非常に問題です。

そんな中、2020年に行われた税制改革では、輸出に限って日本酒製造の新規参入を認めるという制度が制定されました。しかし問題は、作った日本酒を日本国内で飲むことができないという点です。規制緩和されてくれれば、戦後初の新規参入門戸が開かれることになるのですが。

政府は各種輸出促進策をはじめ、日本とEUの「経済連携協定」(EPA)の締結なども積極的に取り組んでいます。以前は関税措置として、EU側も日本側も清酒に関税を課していましたが、発効後は、EU側の日本産の清酒の関税を撤退して、日本側はEU産の清酒の関税を段階的に撤退しています。

特定の産地ならではの特性が確立されている場合に、当該産地で生産され、その生産基準を満たした商品だけが、その産地名を名乗った地域ブランドを独占的に名乗ることが出来る「地理的表示」(GI)が発効され、日本では国内レベルの清酒や焼酎では「壱岐」「球磨」「薩摩」「琉球」をGI指定していました。しかし、日本が指定したGIはEUで保護されることなく、海外で製造された清酒でも日本酒として販売されてしまったのです。

酒類GIの相互保護が実現した今では、日本酒は守られて、海外で製造された清酒を「日本酒」とは呼べなくなりました。代わりに「SAKE」という名前が使われるようになったのです。こうした流れによってEU内での日本酒はしっかり差別化されるようになりました。


コロナ禍を経て日本酒の今

このように、日本酒の新規参入は実質的に厳しい状況の中、今後の課題としては、酒蔵にレストランやカフェ、もっというと宿泊施設などが併設されたワイン界でいうところのオーベルジュのようなものが出来たら、イノベーションが起こるに違いないと思うのです。クラフトビールも同じように、体験の場を提供することで業界全体の需要が底上げされるからです。

輸出が順調な大きな蔵は製造量が増加していますが、コロナ禍で日本酒の提供量は激減しています。飲食店における提供も制限がかかる中、これまでの様に大きなタンクで定番商品を造るのではなく、小さなタンクでよりこだわった日本酒を造る蔵が増えてきました

また、これまでの山田錦至上主義が見直される様にもなってきました。日本酒醸造事業にあたり、その原材料を作っている農家さんへの還元は非常に厳しい状態が続いていますが、ここがしっかり連携できることで業界全体が潤うことにもつながります。そういった理由から、地元米を使った酒造りにチャレンジする次世代酒蔵も増えてきました。日本酒のクラフト化は海外でもSAKEの醸造において積極的に取り入れられています。

酒蔵の自社サイト中で、ECページを新設するところも増えました。これは家飲み需要が増えたことで、オンライン上で購入する方が、お店で飲むより安くて美味しいお酒が飲めると意識改革が起きたからです。これにより、高価なお酒の売上も上がりました。と同時に、香りが華やかで劣化を繊細に感じやすいお酒は売れにくくなってきました。多少、管理が不十分でも崩れにくくて自然な味のものが好まれる傾向が高まっています。

同時に、日本酒は1瓶飲みきれないという問題を解消すべく、4合瓶1本飲み切れる日本酒が求められる様にもなってきました。これに伴って、お酒の量り売りをする酒屋さんもにも注目が集まって、気になるお酒を好きな量だけ買って自宅で楽しめる様になりました。これは、コロナ前から比べると、がらっと変化した点でもあります

ここ数年、日本酒は他のお酒のような多様性を求め、他には無い個性が追求されたきましたが、その結果は、品質が追いつく前に造り手も消費者も疲弊してしまったとも言えると思います。2022年、コロナ禍の日本酒には、こういった様々な背景をがっしりと受け止められるタフさが求められているのです。


~最後に~

まだまだ先が不透明なコロナ時代ですが、一度変わった時代の流れによって、日本酒業界もイノベーションを起こしている様です。個々がより自由な選択肢を持って日本酒を楽しめるようになるといいですね。

素敵な日本酒ライフを♡︎
文:野口 万紀子

プロフィール

野口 万紀子
株式会社 5 TOKYO 代表取締役
きき酒師 / クリエイティブディレクター

東京都目黒区生まれ。女子美術短期大学卒業後、モデル、スカウトにより芸能活動を始め、8年ほどレースクィーン・モデル業を務める。外資系仏ラグジュアリーブランド、融資コンサル会社等での経験を経てた後、ライター業へ転身。日本のおもてなしについて興味を持つようになり、パーティーコーディネートのトータルプロデュースについて学び、きき酒師の資格を取得。2017年、株式会社 5 TOKYOを設立。現在では『日本酒 × ファッション・アート・伝統文化」といった、日本文化の新しい楽しみ方をプロデュースしている。日本酒イベントの企画運営や飲食店における日本酒コーディネート、セミナーや講演会への出演、執筆などを中心に活動中。最近ではTV、ラジオ、雑誌など様々なメディアにも多く出演している。

<取得資格>
SSI認定 きき酒師 (認定番号 No.042210)
SSI認定 日本酒ナビゲーター (認定番号 No.9338)
WSET LEVEL1 AWARD IN SAKE (認定番号 No.201039812417)
日本野菜ソムリエ協会認定 パーティースタイリスト
公益社団法人 神奈川県食品衛生協会認定 食品衛生責任者

コラム一覧へ戻る

ライター紹介

アーティスト
上宮 三佳(かみやみか)

群馬県出身。ぐんまの地酒大使
Piano&Vocalユニット「Sunray in Rain(サンレイ イン レイン)」のVocal、モデル、ライターとして活動中。日本酒好きが高じてユニットオリジナル曲「日本酒のうた ~二つで一つだね~」をリリース。

コラム一覧へ

きき酒師
野⼝ 万紀⼦

株式会社 5 TOKYO 代表取締役
きき酒師、クリエイティブディレクター。『日本酒 × ファッション・アート・伝統文化」といった、日本文化の新しい楽しみ方をプロデュースしている。

コラム一覧へ

ミツワネットショップ
店長荒井

ミツワネットショップ店長
有限会社ミツワ酒販 代表取締役
創業以来四十余年、食の安全、美食へのこだわりをモットーに、関東中心に約700軒の小売店様への酒類、食品類の卸業を行っている。