美人すぎる唎酒師 野口万紀子の日本酒のいろは
第三十六話 どぶろくと甘酒の歴史

きき酒師
野口 万紀子

今回は「どぶろく」「甘酒」ついてです。飲む機会が少ないという人も多いかもしれませんが、日本では古くから一般的に愛されてきた飲み物です。一方で、にごり酒とどう違うの?といまいちよく分からないという人もいるかもしれません。今回はそれらの違いや歴史エピソードなどをご紹介していきたいと思います。



「甘酒」「どぶろく」「にごり酒」の違い

甘酒、どぶろく、にごり酒はどれもお酒のような感じがしますが、実際にはどのように違うのでしょうか。簡単に説明すると以下のようになります。

・甘酒(麹と米で糖分ができることで作られるもの)・・・清涼飲料水

・どぶろく(麹と米から糖分ができて、酵母菌が糖分を喰いアルコールが生成され、濾さないもの)・・・その他の醸造酒【濁酒】
※“その他の醸造酒“はアルコール分20%未満でエキス分が2度以上のものに適用。アルコール度数は20度まで。

・にごり酒(麹と米から糖分ができて、酵母菌が糖分を喰いアルコールが生成されたものを、粗めの布で濾したもの)・・・清酒【日本酒】
※清酒のアルコール度数が22度まで。

法律的には、濾すか濾さないかの違いで分類が変わってきます。清酒(いわゆる日本酒)と呼ばれるのは、濾したものだけということになります。

また、どぶろくは蒸米ではなく炊いた米で仕込むことが多いですが、それでも濾していれば清酒扱いになります。一方で、どぶろく状態でも濾さなければ濁酒になります。アルコール度数も20度を超えてしまうと濁酒の表記は不可となります。

日本酒でよく見られる「おりがらみ」「うすにごり」は、濾した後の澱(おり)をそのまま入れたままのものを指します。澱を絡めるとマイルドな丸みのある味になるので飲みやすく人気です。ただ、澱を放っておくと雑味の原因となるので一般的には除去して造られることが多いです。


江戸のどぶろく

古代のにごり酒を江戸時代になると「どぶろく」と呼ぶようになりました。江戸時代初期の『昨日は今日の物語』の中では「奈良にある伊勢屋の日本酒はよそのどぶろく」とありますが、日本酒を加水して売っていたために、まるでどぶろくのようだと言われてしまったのです。

しかし実際、江戸では「どぶろく」はトレンドのお酒であったようで、品質も良いものでした。江戸のまちの中だけでも、どぶろく造りを生業としていた人は1,880人もいたというのは驚きです。安く手に入って庶民的な点が、江戸っ子の心に響いたようです。上流階級の人々は「どびろく」と呼んでいたといいます。

実際、どぶろく造りは麹と米さえあれば簡単にできるので、その手軽さからも造る人が多かったようです。特に普段は雑役を務め、戦時には兵士として活躍していた足軽の人々は、さまざまな底辺生活を生き抜いてきたことから、陣中にも関わらず食事用の米をまとめて渡すと、すぐに「どぶろく」を造ってしまうといった図太い一面を持つ者が多かったのです。

そのために3〜4日分の米は渡しても、5日分以上は決して渡さない、と用心していました。10日分以上一気に渡そうものなら8〜9日分はどぶろくにしてしまいます。そんなことをしたら最後には飢えて死んでしまうので、3〜4日分なら全部どぶろくにしても死ぬことはないという理由です。戦場の中でお酒が抜けないままヨロヨロしていては困ってしまいますし、第一、食用の米をどぶろくにしてしまったのでは兵士の体力が持ちません。ここまでくるとお酒を飲みたいという執念も命懸けです。

また『徳用向豊年酒教草』という書物におもしろいどぶろくの記載があります。ここに出てくる「豊年酒」というどぶろくはこれまでのものと違って、その種造りがとても変わっていました。

まず、3升分の白米を普通に研いでザルにあげ、そのうちの3合分を取り分けて炊きます。人肌ほどに冷めてから、木綿の袋に詰めて鉢の中に入れ、その上から残りの米を全部入れます。袋が見えないように気をつけながら杓子でよくならして、お水を3升入れ、鉢の蓋をして一晩寝かします。翌日、日向へ持ち出して杓子で4度かき回し、夜は一度かき回します。この時の注意点は杓子で袋が浮かないようにすることと、できるだけ米を袋の上に置くようにすることです。

かき回すと、鉢の淵からふつふつと泡が出てくるので、味見をします。うまく熟していれば、はじめは渋みがあり、だんだんと酸味が出てきて最後には苦味が出てくるようになります。このようになっていれば出来上がり。

「豊年酒」は非常に上質な酔い方ができると評判で、それは清酒に勝るほどでした。ちょっとくらい飲みすぎても大丈夫。頭にのぼる事もなく、悪酔いしないという最高のどぶろくだったのです。


どぶろく狩り

江戸〜明治初期にかけては、どぶろくは自家用酒として自由に造ることができましたが、明治15年の酒造税則の改正によって免許制となりました。80銭の免許鑑札料を納付すると、年間一石以内のどぶろくを造ることができましたが、この免許性も明治13年の新法律によって撤廃されて醸造禁止となり、それ以降は全て密造酒となってしまいました。しかし、自家用のどぶろくは禁止でも、神社などの神事に使われる場合は許可を受けて醸造することができ、この伝統は今でも続いています。

戦争直後は、酒飢饉のために、どこの村でもどぶろく造りが盛んでしたが、当然の如く密造酒ではありますので、抜き打ちの摘発に備えてさまざまな隠し場所に知恵を絞っていました。その方法は、庭の下に穴を掘って埋める、陶器の湯たんぽに入れて手拭いなどでぐるぐる巻きにする、押し入れの床板を外してその下でどぶろくを造るなどです。

税務署員と農民の戦いは昭和30年はじめ頃まで続きました。現在では「どぶろく特区」が認定されている区域でのみ製造することができるようになっていて、2015年の時点では182件カウントされています。


甘酒は一夜酒

現在の甘酒は”酒“といってもアルコールをほとんど含んでおらず、古代からその手軽さと素朴さが魅力でした。中国では「一夜酒」日本でも「和名抄(こさけ)」と呼んでいたように、一晩で米が甘い酒になるということで一夜酒とされていました。また、当時の甘酒は多少のアルコール分を含んでいたと言われています。

奈良時代の「醴(こさけ)」はこれにあたり、『日本書紀』によれば応神天皇が吉野に行幸したとき、土地の人々が「醴」を献上し一夜酒が珍重されていたと言われたます。

室町時代になると、当時、甘味料が少なかった時代に大衆飲料として甘酒売りが登場。江戸時代になると、おでんや夜泣きそばなど屋台の仲間入りを果たし、1781〜1789年ごろになると、日本橋横山町のえびす屋が「三国一」という甘酒を売り出し、江戸っ子の心を鷲掴みにしました。看板には富士山を描き、「白雪甘酒」「梅鉢甘酒」といった名前をつけて、大々的にPRを始めました。

「三国一」というのは、日本、インド、中国の三国に比べるものがないほど、という意味で、看板に描かれている富士山に匹敵するほど、えびす屋特製の甘酒は美味しいと言われていました。そのネーミングに由来にはヒントがあって、富士山の神であるコノハナサクヤ姫が一夜にして懐妊したという伝説から、甘酒も一夜にして熟し完成することから命名したそうです。このプロモーションは非常に成功を収めました。

この名が有名になると、江戸各地に甘酒が続出して、1818〜1830年の頃には、浅草本願寺前の三河屋、伊勢屋、大塚などが大繁盛しました。「三国一」は現在でも甘酒の代名詞となり、その歴史を感じることができます。


甘酒が普及した理由

はじめは冬限定のホット飲料として江戸で売られていた甘酒ですが、江戸っ子の味覚が洗練されてきた文化文政時代には、四季を問わず売られるようになりました。

このように甘酒が大々的に普及したのは、お酒を飲まない女性や子供にも気軽に手を出すことのできる飲み物だったからです。活性酵素が非常に多く、ビタミンB1、B2、ニコチン酸、カルシウムなどが多く含まれていて、夏バテ防止の栄養飲料として普及していきました。今でも“飲む点滴“と言われていますが、エアコンも扇風機もない時代にこんな風にして暑い夏を乗り切っていたんですね。


~最後に~

このようにしてみるとどぶろくや甘酒は日本人に古くから愛されてきた飲み物であることがわかります。
私は普段、スムージーに甘酒を入れたり、どぶろくはオレンジジュースや炭酸、カフェオレにしたりして飲んでいるのですが、とても美味しいのでおすすめです。どぶろくは割って飲むと、その飲みやすさからつい飲み過ぎて酔いやすいので、その点は気をつけてくださいね!

素敵な日本酒ライフを♡︎
文:野口 万紀子

プロフィール

野口 万紀子
株式会社 5 TOKYO 代表取締役
きき酒師 / クリエイティブディレクター

東京都目黒区生まれ。女子美術短期大学卒業後、モデル、スカウトにより芸能活動を始め、8年ほどレースクィーン・モデル業を務める。外資系仏ラグジュアリーブランド、融資コンサル会社等での経験を経てた後、ライター業へ転身。日本のおもてなしについて興味を持つようになり、パーティーコーディネートのトータルプロデュースについて学び、きき酒師の資格を取得。2017年、株式会社 5 TOKYOを設立。現在では『日本酒 × ファッション・アート・伝統文化」といった、日本文化の新しい楽しみ方をプロデュースしている。日本酒イベントの企画運営や飲食店における日本酒コーディネート、セミナーや講演会への出演、執筆などを中心に活動中。最近ではTV、ラジオ、雑誌など様々なメディアにも多く出演している。

<取得資格>
SSI認定 きき酒師 (認定番号 No.042210)
SSI認定 日本酒ナビゲーター (認定番号 No.9338)
WSET LEVEL1 AWARD IN SAKE (認定番号 No.201039812417)
日本野菜ソムリエ協会認定 パーティースタイリスト
公益社団法人 神奈川県食品衛生協会認定 食品衛生責任者

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ライター紹介

アーティスト
上宮 三佳(かみやみか)

群馬県出身。ぐんまの地酒大使
Piano&Vocalユニット「Sunray in Rain(サンレイ イン レイン)」のVocal、モデル、ライターとして活動中。日本酒好きが高じてユニットオリジナル曲「日本酒のうた ~二つで一つだね~」をリリース。

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きき酒師
野⼝ 万紀⼦

株式会社 5 TOKYO 代表取締役
きき酒師、クリエイティブディレクター。『日本酒 × ファッション・アート・伝統文化」といった、日本文化の新しい楽しみ方をプロデュースしている。

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ミツワネットショップ
店長荒井

ミツワネットショップ店長
有限会社ミツワ酒販 代表取締役
創業以来四十余年、食の安全、美食へのこだわりをモットーに、関東中心に約700軒の小売店様への酒類、食品類の卸業を行っている。